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よあけまえ

夜明け前

島崎 藤村

04 第二部下

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 105,172 字 · 206 页

青空文庫

その話をはじめた同僚はますます得意になって、「いったい、下女の寝部屋へはいり込むようなものにかぎって、人格者だ」とやり出す。この「人格者」がまた一同を笑わせた。半蔵は顔色も青ざめて、その同僚の口から出たような話がどこまで本当であるやもわからなかったし、また、斎藤彦麿の日記なるものがどこまで信用のできるものかもわからなかったから、それをくどく言い争う気にはならなかったが、しかしそこに集まる人たちが鬼の首でも取ったようにそんな話をして楽しむということに愛想をつかした。前に本居宣長がなかったら、平田篤胤でも古人の糟粕をなめて終わったかもしれない。平田篤胤がなければ、平田鉄胤もない。平田鉄胤がなければ、結局今の教部省というものもなかったかもしれない。そのことがとっさの間に彼の胸へ来た。思わず彼はその同僚の背中を目のさめるほど一つどやしつけて置いて、それぎり役所を出て来てしまった。それほど彼もいらいらとしていた。

十月末のことで、一日は一日より深くなって行く秋が旅にある半蔵の身にひしひしと感じられた。神田川はその二階の位置から隠れて見えないまでも、ごちゃごちゃとした建物の屋根の向こうに沈んだ町の空が障子の開いたところから彼の目に映る。