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おんなはおなじものがたり

女は同じ物語

山本 周五郎

「講談倶楽部」大日本雄辯會講談社、1955(昭和30)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 21,279 字 · 44 页

青空文庫

いやそんなことはない。娘が一人で湯治場へ来るなんて、そんなことができる筈はないじゃないか、ばかな空想をするな、と彼は思った。

平野屋はすぐにわかった。一と筋道の左右に、宿や土産物の店などが並んでいる、そのいちばんさきの、川に面したほうに、平野屋はあった。彼は渓流の見える座敷へ案内された、建物は古いが、がっちりとおちついた造りで、ほかには客がないのか、渓流の音だけが、静かに座敷へながれいって来るだけであった。

女中が茶道具と着替えを持って来て、「すぐ湯へおはいりになるか」と訊いた。

彼はあとにしようといい、茶を啜ってから、縁側へ出て外を眺めた。対岸は松林で、楓がたくさんあるのだが、季節が過ぎたのだろう、みんなもう葉が落ちていた。

「お湯へいらっしゃいませんの」

と脇で女の声がした。あまり突然だったから、広一郎はとびあがりそうになった。

振向くと紀伊がいた。

「ああ、――」と彼は云った、「紀伊か」

彼女は大胆に彼をみつめ、媚びた笑いをうかべながら頷いた。

広一郎は眼をみはった。彼女はもう湯あがりで、肌はみずみずと艶っぽく、まるで光りの暈に蔽われたように、ぼうとかすんでみえた。