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きせつのないまち

季節のない街

山本 周五郎

「朝日新聞 夕刊」1962(昭和37)年4月1日~10月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 201,379 字 · 394 页

青空文庫

九月はじめのもっとも暑い夜、犬のハウスよりみすぼらしい小屋の中で、一週間ほど激しい下痢をしたのち、嘘のようにあっけなく子供は死んでしまった。

死因がなんだったか、はっきりとは云えない。或る朝、食事のとき子供が七厘で火を焚いた。拾い集めた雑多な木片や、木の枝などを燃やすので、寝ていた父親が煙にむせ、小屋から顔をだして、なぜ火を焚くんだ、湯はいらないじゃないかと云った。食事のときに湯を沸かすのは寒い季節だけで、そのほかはいつも水で済ましていたからである。

「湯じゃないんだ」子供は眼のまわりの黒くなった顔を振向けて云った、「生ま物があるから煮るんだよ」

「生ま物だって、へー、どれ見せてみな」

子供は牛乳沸しを持って、父のところへいって中を見せた。

「なんだ、しめ鯖じゃないか」父親は鼻をうごめかし、唇を手で横撫でにして云った、「これはおまえ塩と酢でしめてあるんだ、これはきみ生ま物じゃないよ」

「すし定のおじさんが、火をとおして喰べなって云ったんだ」

父親は首を振った、「まちがえたんだな、きっと、しめ鯖を煮たりなんかしちゃあ食えやしないよ」

「だけどね」子供はなお云い返そうとしたけれど、父親がゆっくり首を振るのを見ると、べそをかくように笑って、牛乳沸しを下におろした。