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きせつのないまち
季節のない街
山本 周五郎
「朝日新聞 夕刊」1962(昭和37)年4月1日~10月1日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 201,379 字 · 394 页
「誰かさんは誰かさんさ、こう云えばご本人にはわかるだろ、自分たちで思い当らないんなら、他人のことで気を揉むんじゃないよ」
「それはいいけどさ、肝心なことはうまくいったのかい」
「ほんとか嘘かわからないけどもね、平さんは小屋の中で、蝋燭をとぼして坐ってたって」
眼が落ちくぼみ、頬がこけて、乏しい蝋燭の火がゆれると、その顔が骸骨のようにみえた。そうして、はいっていった女を見た彼は、低いしゃがれ声で、「お蝶か」と云った。それは墓の下からでも聞えてくるような声で、女は骨の凍るほどそうけ立ち、そのまま夢中で外へとびだしたという。
「嘘かほんとか知らないけどね、その道にかけちゃあ腕っこきの誰かさんだし、狙ってものにしなかったためしのない人だから、案外そのとおりかもしれないよ」
「お蝶って誰だろう」
「この長屋うちのどこかにいるかもしれないね」
「それとも別れたか死んだかした、もとのおかみさんかもしれないしね」
こういう噂話が、平さんの耳に届いたかどうかはわからない。彼は石のように無くちで、そっけなく、頑固に自分の孤独を守っていた。
平さんのしょうばいは、マットレスを作って売ることだった。