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きせつのないまち

季節のない街

山本 周五郎

「朝日新聞 夕刊」1962(昭和37)年4月1日~10月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 201,379 字 · 394 页

青空文庫

そして片手でその木の枝に触り、口の中でそっと呟いた。

「そうよ、きっとこれは茱萸の木だったのよ」

茱萸の木は枯れても茱萸の木だというのではなくて、枯れてしまえばもうなんの木でもない、というような、はかなげな口ぶりであった。そうして、女は身をちぢめるようにして去っていった。

水道端にはかみさんたちが三人いて、平さんが来たのを見ると、みんな急に口をつぐんだ。平さんは黙って、鍋の中の米を洗った。水を三度とり替えながら、米と麦を手で揉むように洗い、それから水かげんをすると、黙ったままそこを去った。

「どうしたんだろう」かみさんの一人が、平さんの遠ざかるのを待って云った、「珍しいじゃないか自分で米とぎに来るなんて、あの女のひと病気にでもなったのかね」

「そうかもしれないね」と他の一人が云った、「謙ちゃんと誰かさんの話じゃ、毎晩のようにあの女の泣き声が聞えてたっていうからね」

「また謙ちゃんか、あのしとの聞きにゆくも悪いやまいさ」

「あんたも聞かれた組かえ」

「むかし語りさ、もうこのとしになっちゃあそんな精はありゃあしないよ」

平さんの小屋の外で、即席竈に火が燃えだした。