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きせつのないまち

季節のない街

山本 周五郎

「朝日新聞 夕刊」1962(昭和37)年4月1日~10月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 201,379 字 · 394 页

青空文庫

衿に掛けた手拭と、白い割烹前掛とが、喰べ物を扱う彼女の動作を、いかにも清潔らしく見せるように感じられた。

おくにさんは無口だった。客にもよけいなあいそは云わず、あたしの揚げるてんぷらの味が充分にあいそを云っている筈だ、と自負しているようなそぶりがちらちらした。――事実はそうでなく、絶えまなしに六ちゃんのことが気にかかり、絶えまなしにおそっさまの御利益や、奇蹟や、効験あらたかな祈祷師の噂などが、そのいくらか茶色っぽいかみの毛を油けなしでひっ詰め髪に結った頭の中で、せめぎあっていたのだ。

一日のしょうばいが終り、店を閉め、寝る支度をすませてから、おくにさんは仏壇を開いて燈明と線香をあげ、玩具のような団扇太鼓を持って、六ちゃんと並んで坐る。できるなら標準型の団扇太鼓にしたいのだが、近所に遠慮があるし、(なぜなら近所にはてんぷらを買ってくれる客が多いから)まさか太鼓の大小によって、おそっさまの機嫌が変るものでもあるまいと思い、多少ひけめを感じながら、その小さな太鼓でまにあわせているのであった。

「なんみょうれんぎょう」坐るとすぐに六ちゃんが、仏壇に向っておじぎをしながら、母親に先んじてお願いをする、「――おそっさま、毎度のことですが、どうか、かあちゃんの頭がよくなるように、よろしくお願いします。