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きせつのないまち
季節のない街
山本 周五郎
「朝日新聞 夕刊」1962(昭和37)年4月1日~10月1日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 201,379 字 · 394 页
「大ビスマルクいわく」と先生はくたびれたような口ぶりで云った、「兵を心服せしむるには兵と寝食をわかつにしかずと、ぼくは兵を間違えたらしいな、きみ、――ぼくは考えるのにふつか酔いのようだが、ひとつ酎を少し買って来てくれたまえ」
先生の顔に苦しげな表情がうかんだ。それは単に「苦しげな」などというものではなく、実際に先生の胸中をうかがえば複雑でおもくるしい、自己否定と悔恨のあらわれだといわなければならないだろう。
ここの住民たちのうちで、古参者の幾人かはまだ覚えているだろうが、先生はこの「街」で二度、かなしい失恋の経験があった。その一人はまだ健在で、ともらいマダムとか、おきちさんなどと呼ばれ、一人の男の子と長屋の一軒でくらしている。他の一人はよそへ引越してしまったが、お富さんという後家で、としは三十七、八、かなりなきりょうよしで独りぐらしだった。
お富さんはなにをして生活しているのか、内職をするでもなく、よそから仕送りがあるようすもないのに、いつも暢びり構えていたし、暇さえあれば隣り近所のかみさんたちを集めて、賑やかにティー・パーティーをひらいた。それが喫茶の会などという気取ったものではないことは断わるまでもないだろう。