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きせつのないまち

季節のない街

山本 周五郎

「朝日新聞 夕刊」1962(昭和37)年4月1日~10月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 201,379 字 · 394 页

青空文庫

男児たる者がしんそこ浩然の気をやしなえるというのはかの女性のごときを措いて他にはないだろうな。

先生もながい独りぐらしだ、と近隣の人たちが云った。ちょうど相手も後家のことだし、いっそいっしょになったらどうです。としごろも似合いですぜ。うん、もう少しつきあったうえで、ことによったらそうなっても悪くはないと考えておる、と先生は答えた。

事実、寒藤先生はそう考えていたし、プロポーズしようとひそかにその機会をうかがってもいたのだ。けれどもそれは成功しなかった。お富さんは先生に対しても、はなはだしく実験欲を唆るような風流譚をする。ときには自分の肢態で或る種のポーズを演じてみせることさえあり、それはお富さんがきっかけをつくっているのだと推察されるため、先生の情熱はまさに沸騰点にまで達し、衝動に駆られて求婚の態勢にはいる。すると先生の舌は先生の意志にそむくのだ。

大ビスマルクいわくだな、お富さん、と先生の舌は動きだす。たたかって勝たざるはすなわち敗北なりと、またいわく、敗北せざらんと欲すればたたかわざるにしかずと、またいわく、――またいわくというふうに、めんめんとビスマルク(だか誰だか、あるいは誰でもないか)の金言が続くのであった。