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きせつのないまち

季節のない街

山本 周五郎

「朝日新聞 夕刊」1962(昭和37)年4月1日~10月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 201,379 字 · 394 页

青空文庫

そうであるが、典型的ともいうべき律儀者であり、人のうちへどなりこむとか喧嘩をする、などということは、博奕きちがいの徳さんでさえ、賭けの対象にはしないだろうと信じられるくらい、治助には縁のないことであった。

それがいま、彼は怒りのために拳をふるわせ、ぶしょう髭だらけの黒い顔をつき出し、古い印半纏の袖をまくって、いまにも先生に殴りかかりそうな気勢をみせた。

「なにをどなるんだ、なんだ」と先生はまごついて、治助の拳を防ごうとでもするように、片手を前へ出しながら云った、「――ぼくがなにか悪いことをしたのならあやまる、まあおちついて」

「おれのかかあを返せ」と治助はどなった、「おれの女房のおはつを返せとおれは云ってるんだ」

「おはちさんのことか」

「それはお国なまりだ、おはつというのが本当なんだが、そんなことはどっちでもいい、先生はいまおれのことをまるめようとして、こうしているうちにもその頭を使ってるだろうが、おれのほうには証人て者が幾人もいるんだ、その証人たちは頭は使わないが眼を使って現場を見ているんだ」

「まあおちついてくれ、とにかくぼくにはわけがわからない、まあ治助くんおちついて」