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きせつのないまち

季節のない街

山本 周五郎

「朝日新聞 夕刊」1962(昭和37)年4月1日~10月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 201,379 字 · 394 页

青空文庫

先生は戸口で云った、「お招きにあずかって参上した、かんどうせいきょうという浪人者です、よろしく」

ごめん、という古風な云いかたと、先生の大時代な恰好と、そして例のぎょろっとした眼を見て、島さんはなにも感じなかったのだろうか、まるで十年の知己に会ったかのように、白い歯をみせてあいそよく笑い、さあどうぞと手を振った。先生はすぐにはあがろうとせず、モーニングの胸ポケットから、一枚の大きな名刺を出して島さんに渡した。――一般のものより三倍くらい大きな名刺で、それには「憂国塾塾頭 寒藤清郷」と大きな活字で印刷してあった。それは使い古したものとみえ、手垢でよごれ、四隅がめくれていた。

かんどうせいきょうと読みながら気がつくと、寒藤先生が片手を出していた。

「やあどうも」と島さんは云った、「僕の名刺はいま刷らせているところです、古いやつは捨てちまったものですから、失礼します」

そりゃあ構わんよ、と云ったけれど、寒藤先生は手を引込めようとはしなかった。島さんはすぐにそれと気づき、持っていた先生の名刺を先生に返した。そこで寒藤先生はもとのポケットへ慎重にそれをしまい、ちびた下駄をぬいであがった。