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きせつのないまち

季節のない街

山本 周五郎

「朝日新聞 夕刊」1962(昭和37)年4月1日~10月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 201,379 字 · 394 页

青空文庫

「わかったよ、なにも二階の喧嘩に張りあうこたあねえやな、いいよ、わかったってばなあ」

「諄いかもしれないがね」と二階では福田くんが辛抱づよく云っていた、「その、は、じ、めさんっていうのもよしてくんないかな、なにも一字一字はなして云うことはないじゃないか、呼ばれるたんびにおれは胃がむず痒くなっちまうよ」

「あなたっててれやなのね、苦労はしたけれど愛されたことがないのよ、本当に愛しあってれば呼びかたにだって心のこもるもんなのよ、お、ば、か、さん」

福田くんは首をすくめる。背骨の関節をつなぐ軟骨が溶けて、背骨ぜんたいが縮むように、躯がすっと小さくなった感じである。

「いちど古市のあたしの実家へいってみましょ」と光子は口癖のように云う、「木場の家は弟の代になってるけど、あたしはおじいさまやおばあさまには誰よりも可愛がられたし、それに長女でしょ」

祖父母が彼女を溺愛のあまり、一度ならず彼女に婿を取って木場家のあととりにしようとし、そのため親類じゅうの騒ぎになり、家族会議が幾たびもおこなわれた。自家用発電所を設けたのも、じつをいえば彼女があととりになったときのために、祖父母が一族の反対を押しきって建造したものであった。