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きせつのないまち
季節のない街
山本 周五郎
「朝日新聞 夕刊」1962(昭和37)年4月1日~10月1日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 201,379 字 · 394 页
親の代から住みついているという「いも屋の惣さん」もはっきりした記憶がない、――八年まえだったか九年まえだったか、と惣さんは思いだそうとして話す。西の二軒長屋に「くまん蜂」の吉という乱暴者がいた。女房に子供が二人。当時は日雇い労働者だったが、もとは坑夫などもしたことがあるそうで、酔って暴れだすと手がつけられなかった。彼は日本刀を一本持っていた。柄のところが晒し木綿で巻いてあり、刀身に刃こぼれがある。なんとか坑山で大喧嘩があったとき、十幾人かを敵にまわして斬りあいをやり、幾人とかを斬った。というのがくまん蜂の吉の自慢話であった。――その吉が、ここへ移って来て一年ばかりしてから、酔っぱらって暴れだし、例の日本刀で女房や子供を「たたっ斬ってやる」と喚きながら、追いまわした。慣れているから、女房と子供たちは逃げてしまい、吉は逆上して、家の格子口の柱へ刀で切りつけた。こん畜生とか、みやがれとか叫びながら、力まかせに切りつけるのである。どうしようもない、どんななまくらでも抜き身の日本刀は凄みがあるから、眺めていた近所の人たちも蒼くなり、老人やかみさんたちの中には足が竦んでしまって、逃げようにも逃げられなくなった者がいた。