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きせつのないまち
季節のない街
山本 周五郎
「朝日新聞 夕刊」1962(昭和37)年4月1日~10月1日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 201,379 字 · 394 页
親おもい
とらはどうしたろうか。俗に猫は家に付くといわれ、飼い主が移転しても、家に付いてはなれないそうであるが、とらはそんな俗説には関心がなかったのだろう、家のまわりで、幾たびかなくのを聞いた人はあるが、その後はさっぱりと姿をみせなくなった。
「きっと半助さんのあとを追っていったんだよ」と近所のかみさんの一人が云った、「三日飼われると死ぬまで恩を忘れないっていうからね」
「それは犬のことさ」とべつのかみさんが云った、「猫なんか恩のおの字も知りゃあしないよ、猫にできるのは化けるくらいのものさね」
半助はついに帰って来なかった。
親おもい
「そっちの番だよ」とたんば老人が云った、「私はこの桂はねだ」
岡田辰弥は重たい石でも持ちあげるように眼をあげて、一枚板の古い将棋盤の上を見た。いつも顔色こそよくないが、切れ味のいい刃物を思わせるような、きらっとした活気のひらめいている顔が、いまはむくんだように力を失い、たるんでいるようにみえた。
――またなにか困ったことがもちあがったんだな。
たんば老人はそう思ったが、けぶりにもみせず、半インチほどになったタバコのすい殻を、キセルの火皿に詰め、それを手焙りの火ですいつけた。