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きせつのないまち

季節のない街

山本 周五郎

「朝日新聞 夕刊」1962(昭和37)年4月1日~10月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 201,379 字 · 394 页

青空文庫

学課はなに一つまなばなかったし、体操も遊戯もしなかった。初めて教室へはいったときから、ずっと電車の絵ばかり描いてい、六年のあいだ、ただもう電車の絵だけを描き、家にいるときは電車の運転に没頭しようとした。

人が彼をばかと呼ぶとおり、慥かに六ちゃんの電車は現実には存在しないし、それを発車させ、運転し、終電に至って入庫させるまでの作業は、すべて架空なものであった。

けれども、それなら現実に市電を運転している者はどうであろうか。――中通りを北へいって、橋を渡り、横丁を一つ越すと本通りがあって、市電やバスや、各種の車が往来している。それはみな、現実の運転手によって、現実に運転されているのであり、その事実には些かの疑問もないが、しかし、はたしてそのままを信じていいだろうか。

ここに一人の運転手が、いま市電の運転をしている。だが、彼の心はそこにはない。彼はゆうべ細君とやりあったこと、またそのあと、近所の呑み屋で侮辱されたことなどから、少なからず厭世的な気分になっており、そのため感情が苛だっていた。彼は空想の中で細君を痛烈にののしり、呑み屋で自分を侮辱した客を繰り返し殴りつけ、そんな不愉快なめにあうのも、結局は自分が市電の運転などをしているからだ、という理由で、その職業までも呪った。