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きせつのないまち
季節のない街
山本 周五郎
「朝日新聞 夕刊」1962(昭和37)年4月1日~10月1日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 201,379 字 · 394 页
父に死なれた母は、泣くのはあとまわしだと云って、家財の始末をし、この「街」へ移った。それまで払い物をしていた古物商の、小田滝三が口をきいてくれたのである。そして、ここへ移ると同時に、父の共同経営者の一人の世話で、辰弥もいまの新聞社に雇われたのであった。
人間おちめになったら、とことんまでおちるほうがいい、中途半端がいちばん悪いのだ、と母は子供に云いきかせた。おっかさんは屑拾いだってしてみせるから、おまえたちも自分のお小遣や、学校の給食費ぐらいは、自分で稼ぐつもりになっておくれ。――それは嘘ではなかった。屑拾いこそしなかったが、賃縫いや、ラウンドリーの下請けや、進駐軍ハウスの芝刈りや、闇成金の家掃除、米や薯や魚介の買出し、宝クジ売り。そのほか数えきれないほどの、そのときばったりの仕事をみえも外聞もなくやったうえ、いまでは躰力も弱ったのだろうか、家におちついて、授産所からまわってくる内職を専門にやるようになった。
辰弥が給仕として雇われた新聞社に、「河馬」という渾名の、或る部長がいて、どんなきっかけがあったともなく辰弥をひいきにし始め、特別手当の出るようにはからってくれたり、英語学校の夜間部にかよっていると聞くと通学時間にゆとりがあるように、あんばいをしてくれたりした。