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きせつのないまち
季節のない街
山本 周五郎
「朝日新聞 夕刊」1962(昭和37)年4月1日~10月1日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 201,379 字 · 394 页
「おい光雄」と、辰弥は弟に云った、「おまえ先にいってみてくれ、おっかさんとぼくは必要な物を持ってあとからゆく、いいな」
「そんな必要があるのかい」弟は机に向ったままで云った、「病院に入院しちゃったんなら、医者がなんとかしてるだろ、おれがいそいでいったって、なんにもできやしねえと思うがな」
「いいよ、頼まないよ」と云って、辰弥は母をせきたてた、「泣いてる場合じゃないよおっかさん、着る物やなにか出さなくっちゃ、それに毛布くらいはいま持ってゆかなくちゃならないんだろう」
「あたしにゃ、なにをしていいかわからない、あの子はきっと大けがをしてるんだよ」
「だってここの住所や名が云えるくらいだもの、きっとたいしたことじゃないよ、それより早く着る物を出しておくれよ」
風呂敷包を自分で持って、母を支えるようにしながら、辰弥はその病院へいった。戦後に建てた安普請のバラックで、白と緑で塗りたくったペンキも剥げ落ち、仁善病院と書いた看板の字も斑に剥げていて、やっと判読できるくらいだった。
狭い土間の片方にある受付に、四十がらみの女性がいた。白い看護衣の鼠色になったのを着ているが、口のききかたも動作も、看護婦のようではなく、まるで不景気な外食券食堂のかみさん、といった感じであった。