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どんぐり

寺田寅彦随筆集 第一巻

寺田 寅彦

寺田寅彦『寺田寅彦随筆集 第一巻』。同一底本的分册已合并为一书。收入:どんぐり、科学者と芸術家、旅日記から、竜舌蘭、花物語、芝刈り、球根、簔虫と蜘蛛、ねずみと猫、物理学と感覚、先生への通信、病院の夜明けの物音、病室の花、丸善と三越、自画像、春寒、春六題、田園雑感、写生紀行、笑い、案内者、断水の日。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 203,161 字 · 412 页

青空文庫

どんぐり

もう何年前になるか思い出せぬが日は覚えている。暮れもおし詰まった二十六日の晩、妻は下女を連れて下谷摩利支天の縁日へ出かけた。十時過ぎに帰って来て、袂からおみやげの金鍔と焼き栗を出して余のノートを読んでいる机のすみへそっとのせて、便所へはいったがやがて出て来て青い顔をして机のそばへすわると同時に急に咳をして血を吐いた。驚いたのは当人ばかりではない、その時余の顔に全く血のけがなくなったのを見て、いっそう気を落としたとこれはあとで話した。

あくる日下女が薬取りから帰ると急に暇をくれと言い出した。このへんは物騒で、お使いに出るときっといやないたずらをされますので、どうも恐ろしくて不気味で勤まりませぬと妙な事を言う。しかし見るとおりの病人をかかえて今急におまえに帰られては途方にくれる。せめて代わりの人のあるまで辛抱してくれと、よしやまだ一介の書生にしろ、とにかく一家の主人が泣かぬばかりに頼んだので、その日はどうやら思い止まったらしかったが、翌日は国元の親が大病とかいうわけでとうとう帰ってしまう。掛け取りに来た車屋のばあさんに頼んで、なんでもよいからと桂庵から連れて来てもらったのが美代という女であった。