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どんぐり

寺田寅彦随筆集 第一巻

寺田 寅彦

寺田寅彦『寺田寅彦随筆集 第一巻』。同一底本的分册已合并为一书。收入:どんぐり、科学者と芸術家、旅日記から、竜舌蘭、花物語、芝刈り、球根、簔虫と蜘蛛、ねずみと猫、物理学と感覚、先生への通信、病院の夜明けの物音、病室の花、丸善と三越、自画像、春寒、春六題、田園雑感、写生紀行、笑い、案内者、断水の日。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 203,161 字 · 412 页

青空文庫

こんな顔だったなどと言って鉛筆でかいて見せるものも出て来た。

あとで聞いてみると、玄関の騒ぎが終わった後に女中が部屋へ帰ってすわっているうちに妙に背筋の所がぽかぽか暖かになって来たそうである。変だと思っているうちに、そこに重みのある或るものが動くのを感じたので、はじめて気がついていきなり茶の間へ飛び出し、奇妙な声を出し始めたのだそうである。

窮鳥はふところに入る事があり、窮鼠は猫をかむ事があるかもしれないが、追われたねずみが追う人の羽織の裏にへばりつくという事はあまりこれまで聞いた事がなかった。しかしあとになって考えてみると、締め切った三畳の空間からねずみが一匹消え去る道理はなかった。仮定的な長押の穴はそれっきり確かめてもみないが、おそらくほんとうの穴でなかったろうし、たとえ穴であってもその背面には通っていない事が少し考えれば家の構造の上からすぐわかるわけになっていた。それでだれかの着物に隠れているという事は始めから自明的にわかりきった事であったのである。

それにしても、羽織の裏にしがみついて人間と背中合わせにぶら下がったままで十分以上も動かないでいたねずみの心持ちがわからない事の一つである。