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しょうしょうしげもとのはは

少将滋幹の母

谷崎 潤一郎

「毎日新聞」毎日新聞社、1949(昭和24)年11月16日~1950(昭和25)年2月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 83,234 字 · 160 页

青空文庫

その時分、彼は夜な/\乳人に抱かれて眠ったのであったが、乳人は彼がいつ迄も母の名を呼んで泣き止まないのに当惑して、

「さあ/\、おとなしくお眠み遊ばせ。お母さまはこゝにはいらっしゃいませんけれども、そう遠くない所にいらっしゃるのですよ。おとなしくしていらっしゃれば、きっとお母さまの所へ連れて行って上げますよ」

と、そう云ったので、幼い滋幹はたとえようもなく嬉しくて、

「ではいつ?」

と、聞くと、

「そのうちに」

と、云うのであった。

「きっとだね」

「きっとでございます」

「きっと、きっと?―――うそではないね」

こんな問答を毎夜のように繰り返しつゝ寝かされながら、乳人はあゝ云っているけれども、気休めに云うのであろうと、子供心に疑いを挟んでいたのであったが、それでも乳人はそのことについて讃岐と話し合ったものらしく、或る日ほんとうに、讃岐が彼の手を引いて母の所へ連れて行ってくれたのであった。が、幼童の記憶と云うものは全くたわいのないものなので、どう云う訳か、そんな大事の日のことを、まるきり彼は思い出すことが出来ないのである。彼の記憶は古い映畫のフィルムのようにきれ/″\で、前後につながりのない場面々々が、或るものはぼんやりと、或るものは怪しいほどくっきりと、映像をとゞめているのであるが、それらの数々の映像のうちで、今もしば/