轻读日语

轻松读懂日语经典作品

ja-reading.com

轻松读懂日语,轻松阅读日语。在线阅读日语经典作品。支持在阅读过程中显示假名、查询生词、翻译句子。

しょうしょうしげもとのはは

少将滋幹の母

谷崎 潤一郎

「毎日新聞」毎日新聞社、1949(昭和24)年11月16日~1950(昭和25)年2月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 83,234 字 · 160 页

青空文庫

次にその北の方と云うのは、筑前守在原棟梁の女であるから、在五中将業平の孫に当る訳であるが、此の夫人の正確な年齢は、ほんとうのところよく分らない。大納言と五十も歳が違うと云うのは、まさかとも思われるけれども、世継物語には「わづか二十ばかりにてぞおはしける」とあり、今昔には「二十に餘る程」とあるので、二十一二歳であったかと思える。彼女が業平を祖父に持っているからと云って、美人であったときめることは出来ないけれども、子の敦忠も美男であったと云うことであるから、矢張美人系の一族たるに耻じない容姿だったのであろう。時平は何処かゝらそう云う噂を聞き、而もその人が時々夫の眼を忍んで情人を呼び込んでいると云うこと、その情人とは別人ならぬ平中であるらしいことをチラと小耳に挟んだので、それがほんとうなら、左様な美女をよぼ/\の老翁や位の低い平中如きに任しておくと云う手はない、須く乃公が取って代るべしである、と、ひそかに野心を燃やしていたところへ、そんなことゝは知らぬ平中がひょっこり今夜御機嫌伺いに罷り出たのであった。

後段に述べるが如く、時平はやがて望みを達して自分よりも十ほど若い此の義理の伯母を、見事伯父から奪い取って自分のものにしたのであるが、大和物語には此の夫人がまだ国経の妻であった時代に、平中が彼女に贈ったと云う和歌