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しょうしょうしげもとのはは

少将滋幹の母

谷崎 潤一郎

「毎日新聞」毎日新聞社、1949(昭和24)年11月16日~1950(昭和25)年2月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 83,234 字 · 160 页

青空文庫

で、平中が例の局のあたりへ行って物蔭にひそみながら、筥の始末をする召使の出て来るのを待っていると、或る日、年の頃十七八の、可愛らしい姿形をした、髪の長さは袙の丈に二三寸足りない程なのが、瞿麦重ねの薄物の袙を着、濃い袴をしどけなく引き上げて、問題の筥を香染めの布に包み、紅い色紙に絵を書いた扇でさし隠しながら出て来たので、こっそり跡をつけて行って、人目のない所へ来た時、不意に駈け寄って筥に手をかけた。

「あれ! 何なさいますの」

「ちょっと! ちょっと此れを………」

「あれ! 此れはあなた………」

「いゝんだよ、分ってるよ! ちょっと寄越し給え」

女が呆れている隙に、平中はすばやく筥を奪い取って一目散に走り去った。

後生大事にその品物を袂のかげに抱えながら、我が家へ逃げ帰った平中は、一と間のうちに閉じ籠ってあたりに誰もいないのを確かめてから、先ずそれを恭しく座敷にすえて、とみこうみした。これが自分の深くも心を打ち込んだ人の物を入れてある容器かと思うと、直ぐには蓋を開けるのが惜しい気がして、なおよく見ると、普通にあるような皮籠ではなくて、金色の漆の塗ってある立派な筥であった。