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ふえふきがわのじょうりゅう(ひがしさわとにしさわ)
山の憶い出 上
木暮 理太郎
木暮理太郎『山の憶い出 上』。同一底本的分册已合并为一书。收入:笛吹川の上流(東沢と西沢)、奥秩父の山旅日記、釜沢行、秩父の奥山、利根川水源地の山々、秋の鬼怒沼 、美ヶ原、木曽駒と甲斐駒、黒部川奥の山旅、黒部川を遡る 、針木峠の林道 、春の大方山、三国山と苗場山、八ヶ峰の断裂 。
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 284,014 字 · 565 页
此禁令の結果領主は変っても、上州方面からは余り往来する人もなかったと覚しく、道のあることさえも既に忘られたか、正保の『上野図』は勿論天保十三年の『富士見十三州輿地之全図』にも、湯檜曾から先には道がない。然るに同じく天保十三年版の『越後国細見図』には、路もあれば清水越の文字もあり、上州大元村(○之は大穴村の誤である)へ出ると記してある。それにも拘らず同じ年に宝川へ湯治に行った『藤原温泉記行』の著者は、既記の如く「清水越といふは山中を粟沢辺りへ越す道ありと也、今に道のてい大凡分るとなり、云々」と伝聞の儘を書いているのを見ても、上州側の荒廃していた証左とすることを得よう。『郡村誌』は利根川の西岸から小烏帽子岳の麓を繞って越後への山径があって、謙信馬返し岩というのがあると記している。一寸考えると謙信が通った若しくは通ろうとした道らしく思われるが、越後方面では此道に就て何等の記事も見当らない。山径とはいい条樵夫か猟師などの稀に通行する位のものなのであろう。謙信馬返し岩は粟沢の奥にあるという謙信ヶ洞と同じく、其猛威に慴伏した土地の人が命名したもので、所謂弁慶と同様に意昧のないものと信ずる。