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にじ
彩虹
山本 周五郎
「講談雑誌」博文館 、1946(昭和21)年2月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 13,898 字 · 28 页
「……わたくし、よい妻になりたいと存じます」
「半年のあいだにいろいろ考えたと云った、おれもそうだった、正直に云おう、さえが脇田の申出を受けると答えてから、おれは初めてさえというものをみつけたのだ、それまでは夢にもそんなことは思わなかったが、他人の妻になるときまってから、どうにもならぬほど大切なものに思われだしたのだ、おれはずいぶん苦しい思いをしたよ」
「わたくしが、同じように苦しんだと申上げましたら、ぶしつけ過ぎるでございましょうか」
さえは大胆に伊兵衛を見た。
「ああ」
と、伊兵衛は、微笑しながらうなずいた。
「……それ以上は云わないほうがいい、脇田が現われたお蔭で、おれがさえをみつけたとすれば」
「いいえ、さえはもっと以前から……」
そう云いかけた自分の言葉に自分でびっくりしたのだろう、さえはぽっと頬を染めながら立って縁先へ出た。そしてにわかに浮き浮きと、明るい調子で叫ぶように云った。
「まあごらんあそばせ、美しい、大きな彩虹が」
伊兵衛も立っていった。
雨後の浅みどりに晴れあがった空に、大きく鮮やかにすがすがしく彩虹がかかっていた。
「美しいな」
伊兵衛も眼のさめるような気持で声をあげた。