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わすれのこりのき
忘れ残りの記
吉川 英治
吉川英治『忘れ残りの記』。同一底本的分册已合并为一书。收入:忘れ残りの記、年譜。
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 193,050 字 · 383 页
幼少の習慣もひどいものだが、だんだん変ってくる自分の老懶や横着さにも気づかれる。
良い子のぼくは、外でも喧嘩はしなかった。しかし父の留守を窺って、家の内では何をやってた事やら分らない。みどり屋の売溜めから折々銀貨をクスネていたのは長いことであったが、一度も叱られた覚えがないから、父も母もぼくの行為をつい知らず仕舞いでいたのであろうか。
いやたった一ぺん、店の隅でそれをやっていた所を、女中の貞というのに見つけられたことがある。貞は根岸の漁師の娘であった。ぼくのすぐ下の弟は病気して、しばらく漁師の家へ里子に預けられていた。夏など、ぼくもよく海水浴に行ったりした。そんな縁故から来ている娘だったので、どっちにも馴れ馴れしさがあったにちがいない。貞は、ぼくがあの旧式な銭箱という物を横にして桟の隙間から銀貨を棒か何かで掻き出そうとしているキワどい所を見つけて「あらっ……」と、大きな眼をみはり「英さんたら、そんな悪い事をして。お母さんに云いつけますよ」と云った。「なにっ」ぼくはかえって貞へ食ッてかかった。「いいつけるなら、いいつけてみろ」そう云って、ひどいけんまくで、貞をなぐりそうにした。