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あくま

悪魔

小川 未明

「新文藝」1910(明治43)年5月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 7,591 字 · 16 页

青空文庫

「お前さんは、黒い男を見たろう。」と聞いた。

女は、体を揺られながら、聞いたので、或いは聞き違いでないかと思って、村長の問いに答えなかった。青ぶくれのした村長は、少し前屈みになって、同じことを小声で聞いた。

「お前は、黒い男を見たろう。」

女の耳には、そういったことが聞かれたのだ。けれど、意味が分らなかった。女はやはり聞き違いでないかと思って答えなかった。女はなぜ、臥ている自分に、耳に口を当てて訊いてくれないものかと思ったけれど、村長は前へ少し屈むのも、またこうやって傍に付いているのも危険に思ったから、耳へ口を付けるなどは思いも寄らぬことであった。

それぎり、村長はこのことを女に訊かなかった。

女は、苦しみながら、村長の言ったこと、「黒い男を見なかったか。」といったように、思われた意味について考えた。自分が、窓を見ていた時、途を歩いて来た黒い男を見たようなことはなかったかと心に問い返して見た。はっきりと眼に浮ぶものは、雲切れのした青い空の色! その下を通じた白い道のかなたから、黒い男の歩いて来たようなことはなかったか?

風に晒された石灰が壁板の下に固まって落ちていた。