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じょうき

情鬼

大倉 燁子

「踊る影絵」柳香書院、1935(昭和10)年2月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 17,393 字 · 35 页

青空文庫

宮本夫人と聞くと、久子さんは急に眉を曇らせた。兄の昔の過失を今更明るみへ引き出されて、詮議だてされることは辛かったのだろう。

「宮本さんは兄が亡くなりました時でさえも、まるっきりお姿をお見せになりませんでしたし、お噂もとんとお聞きいたしませんから、私は何も存じませんの」

「では、他に何か御婦人のお心あたりはございませんでしょうか?」

「それが一向ございませんので――。兄は以前はともかくも、嫂と結婚いたしまして後は、ほんとうに真面目だったんでございます。嫂の死後は一層身を謹みまして、只管嫂の冥福を祈って居りましたのですから、たとえ人様が何と仰しゃいましても、兄には婦人関係などなかったと存じますの」

夫人は幾度もうなずいて後、ちょっと云い憎そうにいうのだった。

「失礼ですが、お兄様の日記のようなものはおありになりませんでしょうか?」

久子さんは席を立って出て行ったが、間もなく鼠色の厚いノートを手に持って入って来て、夫人の前にそれを置きながら云った。

「心覚えに書いておいたものらしゅうございまして、ちょっと読んでみましたが、何のことだかさっぱり分りませんのよ」