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おしみなくあいはうばう

惜みなく愛は奪う

有島 武郎

「有島武郎著作集 第一輯」叢文閣、1920(大正9)年6月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 79,397 字 · 159 页

青空文庫

誰か憎まない人があろう。それだから人間として誰か悒鬱な眉をひそめない人があろう。人間が現わす表情の中、見る人を不快にさせる悒鬱な表情は、実に憎みによって奪い取って来た愛の鬼子が、彼の衷にあって彼を刺戟するのに因るのではないか。私はよくこの苦々しい悒鬱を知っている。それは人間が辛うじて到達し得た境界から私が一歩を退転した、その意識によって引き起されるのだろう。多少でも愛することの楽しさを知った私は、憎むことの苦しさを痛感する。それはいずれも本能のさせる業ではあるけれども、愛するより憎むことが如何に楽しからぬものであるかを知って苦しまねばならぬ。恐らくはよく愛するものほど、強く憎むことを知っているだろう。同時に又憎むことの如何に苦しいものであるかを痛感するだろう。そしてどうかして憎まずにあり得ることに対して骨を折るだろう。

憎まない、それは不可能のことだろうか。人間としては或は不可能であるかも知れない。然し少くとも憎悪の対象を減ずることは出来る。出来る筈であるのみならず、私達は始終それを勉めているではないか。愛と憎みとが若し同じ本能から生れたものであるとすれば、それは必ず成就さるべきものだ。