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わがあいするしじんのでんき

我が愛する詩人の伝記

室生 犀星

北原白秋「婦人公論 第四十三巻第一号」1958(昭和33)年1月号<br>高村光太郎「婦人公論 第四十三巻第二号」1958(昭和33)年2月号<br>萩原朔太郎「婦人公論 第四十三巻第三号」1958(昭和33)年3月号<br>釈迢空「婦人公論 第四十三巻第四号」1958(昭和33)年4月号<br>堀辰雄「婦人公論 第四十三巻第七号」1958(昭和33)年7月号<br>立原道造「婦人公論 第四十三巻第八号」1958(昭和33)年8月号<br>津村信夫「婦人公論 第四十三巻第九号」1958(昭和33)年9月号<br>山村暮鳥「婦人公論 第四十三巻第十一号」1958(昭和33)年10月号<br>百田宗治「婦人公論 第四十三巻第十二号」1958(昭和33)年11月号<br>千家元麿「婦人公論 第四十三巻第十三号」1958(昭和33)年12月号<br>島崎藤村「婦人公論 第四十三巻第六号」1958(昭和33)年6月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 116,728 字 · 231 页

青空文庫

昭和四年二十六歳、「無器用な天使」を『文藝春秋』に書いた。編輯の菅忠雄がこれをすいせんしたものである。二十六歳でこの大雑誌に執筆したことは、当時にあっては作家として早い方であった。その後、一作品ごとに彼の作品にある、清潔感は人びとの愛するところになり、編輯する雑誌社の人も、他の作家とことなるところを稀なものとし、これを迎えた。

堀が原稿のことでただ一度私に相談したことがあった。結婚して間もない頃だったが、少し金の取れる仕事をしたいというので、当時『むらさき』という古典文学を基礎にした文学雑誌の編輯者の小笹功に、私は堀が連載を書きたいと言っていると話をしたが、小笹功は喜んで載せるといってくれた。堀は毎月『むらさき』に書いたのが、「幼年時代」だったのである。何ヵ月続いたか分らないが、半年近くで堀の方から中止にした。つまり毎月趁われて書くのがつらいらしかった。後に『婦人公論』に「大和路・信濃路」を書いたが、これも中途でやめたが、これは『婦人公論』の申込みであって私には関係がない。堀の連載物はこの二つきりであるらしい。連載というものは作者の健康が横溢していないと書けないものだ。