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わがあいするしじんのでんき

我が愛する詩人の伝記

室生 犀星

北原白秋「婦人公論 第四十三巻第一号」1958(昭和33)年1月号<br>高村光太郎「婦人公論 第四十三巻第二号」1958(昭和33)年2月号<br>萩原朔太郎「婦人公論 第四十三巻第三号」1958(昭和33)年3月号<br>釈迢空「婦人公論 第四十三巻第四号」1958(昭和33)年4月号<br>堀辰雄「婦人公論 第四十三巻第七号」1958(昭和33)年7月号<br>立原道造「婦人公論 第四十三巻第八号」1958(昭和33)年8月号<br>津村信夫「婦人公論 第四十三巻第九号」1958(昭和33)年9月号<br>山村暮鳥「婦人公論 第四十三巻第十一号」1958(昭和33)年10月号<br>百田宗治「婦人公論 第四十三巻第十二号」1958(昭和33)年11月号<br>千家元麿「婦人公論 第四十三巻第十三号」1958(昭和33)年12月号<br>島崎藤村「婦人公論 第四十三巻第六号」1958(昭和33)年6月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 116,728 字 · 231 页

青空文庫

ではなかろうとでも、衒れて言うかも知れないのだ。優美でひ弱く、愛情の投繩はどういう雑草の間の花をも見逃がすことがなかった。私までがあまっちょろ過ぎる世界にゆっくり眼をやることをしないで、立原の詩を見過ごしている時すらあった。彼は頬をなでる夏のそよかぜを、或る時にはハナビラのように撫でるそれを、睡りながら頬のうえに捉えて、その一すじずつの区別を見きわめることを怠らなかった。追分村と周辺の景色にとらわれた彼は、そこに住む堀辰雄という男のいう言葉と、その風貌からもいろいろ教えられたものを毎日の交際でたくわえていた。こんなに素直に堀辰雄の詩人らしいものをすっかり取り容れた人は、稀れであった。立原に「堀辰雄」という評論があるが、彼にとって堀も追分村の自然の主要なかがやきになって現われている。

私の家を訪ずれる年若い友達は、めんどう臭く面白くない私を打っちゃらかしにして、堀辰雄でも津村信夫でも、立原道造でも、みな言いあわせたように家内とか娘や息子と親しくなっていて、余り私には重きをおかなかった。茶の間で皆が話をしている所に、突然這入ってゆくと皆は私の顔を見上げ、面白いところに邪魔者がはいって来た顔付をして、お喋べりをちょっとの間停めるというふうであった。