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わがあいするしじんのでんき
我が愛する詩人の伝記
室生 犀星
北原白秋「婦人公論 第四十三巻第一号」1958(昭和33)年1月号<br>高村光太郎「婦人公論 第四十三巻第二号」1958(昭和33)年2月号<br>萩原朔太郎「婦人公論 第四十三巻第三号」1958(昭和33)年3月号<br>釈迢空「婦人公論 第四十三巻第四号」1958(昭和33)年4月号<br>堀辰雄「婦人公論 第四十三巻第七号」1958(昭和33)年7月号<br>立原道造「婦人公論 第四十三巻第八号」1958(昭和33)年8月号<br>津村信夫「婦人公論 第四十三巻第九号」1958(昭和33)年9月号<br>山村暮鳥「婦人公論 第四十三巻第十一号」1958(昭和33)年10月号<br>百田宗治「婦人公論 第四十三巻第十二号」1958(昭和33)年11月号<br>千家元麿「婦人公論 第四十三巻第十三号」1958(昭和33)年12月号<br>島崎藤村「婦人公論 第四十三巻第六号」1958(昭和33)年6月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 116,728 字 · 231 页
だぶちんというのは私の家でつかわれる、私の綽名だった。誰が付けたのか判らないが、私の家内より外につける人がいないから、多分、家内がそうつけたものであろう、子供達は私の前でも平気でだぶちんといい、私もだぶちんの意味はよく判らなかったが、背丈が低いのでちんちくりんのちんを取ってそう言ったものらしいが、だぶの意味が通じなかった。肥っていないし、だぶついているわけではない、ただ何となくだぶの感じがあり、ちんはちんであるから、呼びよいようにだぶちんと言ったものらしい。信夫はこのだぶちんの綽名を面白がって、私の口真似をし咳払いをして見せ、怒った時と、ふんという無関心の状態の折の真似をして、だぶちんの真似事は何でも演ってみんなを笑わせ、自分も笑うことを愉しんだ。彼は笑うことが生きている真中にいる人のように、よく愉しく笑う男であった。
もちろん、私のいないことは家庭の祝祭日だったから、にわかに彼が来ると活気づいて、まず好物のよせなべというものを始めるのだ。私はよせなべとか、ぎゅうなべとか、お寿司やごもくは大嫌いだった。ご飯にいろいろな曖昧な物をまぜることが、非純粋の食物になるので一さい、そういう物は作って貰わなかった。