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わがあいするしじんのでんき
我が愛する詩人の伝記
室生 犀星
北原白秋「婦人公論 第四十三巻第一号」1958(昭和33)年1月号<br>高村光太郎「婦人公論 第四十三巻第二号」1958(昭和33)年2月号<br>萩原朔太郎「婦人公論 第四十三巻第三号」1958(昭和33)年3月号<br>釈迢空「婦人公論 第四十三巻第四号」1958(昭和33)年4月号<br>堀辰雄「婦人公論 第四十三巻第七号」1958(昭和33)年7月号<br>立原道造「婦人公論 第四十三巻第八号」1958(昭和33)年8月号<br>津村信夫「婦人公論 第四十三巻第九号」1958(昭和33)年9月号<br>山村暮鳥「婦人公論 第四十三巻第十一号」1958(昭和33)年10月号<br>百田宗治「婦人公論 第四十三巻第十二号」1958(昭和33)年11月号<br>千家元麿「婦人公論 第四十三巻第十三号」1958(昭和33)年12月号<br>島崎藤村「婦人公論 第四十三巻第六号」1958(昭和33)年6月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 116,728 字 · 231 页
どちらかといえばえらい人の顔立ちではないが、普通の人のだらしなさはなく、ありのままの顔立ちがありのまま以上に、時々横眼でじろりとやる憂鬱さを見せ、それがちょっと応えて来て、ものを書く人の強さを見せているほかは、変ったところが見えない顔貌であった。一体に作家とか詩人とかいう人達は、たとえばこの人が萩原朔太郎だと紹介されると、今まで名前を聞かない前とは、全然異なった対手方の顔とか人物とかを急激に鋭く感応して来るものだ、これが千家元麿だと紹介されると、今までのふにゃふにゃ男も、その間際からこれが千家元麿かと、見直してかかるものだ。名前というものは恐ろしい強豪なものである。ふだんその人が書いた物で叩き上げた名前というものは、名乗った瞬間に対手方に一どきに、全作品がかぶさって行くようである。紹介された方も頭がすうと澄んで来る。
私は偶然に千家元麿の人物印象のことで、萩原朔太郎の顔とか着物の着方とか、その無頓着とかお酒の事とか、ぎょろりと対手方を見る眼のつかい方を想い起したが、結局、この二人の天才詩人は何処かで何かが似ているという一応の見解に到着するのだ、これは同時にまた正反対の全然似ていないという気がして来るのである。