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わがあいするしじんのでんき
我が愛する詩人の伝記
室生 犀星
北原白秋「婦人公論 第四十三巻第一号」1958(昭和33)年1月号<br>高村光太郎「婦人公論 第四十三巻第二号」1958(昭和33)年2月号<br>萩原朔太郎「婦人公論 第四十三巻第三号」1958(昭和33)年3月号<br>釈迢空「婦人公論 第四十三巻第四号」1958(昭和33)年4月号<br>堀辰雄「婦人公論 第四十三巻第七号」1958(昭和33)年7月号<br>立原道造「婦人公論 第四十三巻第八号」1958(昭和33)年8月号<br>津村信夫「婦人公論 第四十三巻第九号」1958(昭和33)年9月号<br>山村暮鳥「婦人公論 第四十三巻第十一号」1958(昭和33)年10月号<br>百田宗治「婦人公論 第四十三巻第十二号」1958(昭和33)年11月号<br>千家元麿「婦人公論 第四十三巻第十三号」1958(昭和33)年12月号<br>島崎藤村「婦人公論 第四十三巻第六号」1958(昭和33)年6月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 116,728 字 · 231 页
だからお千代はこんどは書いて貰わなければ、またの機会がなくなると、今日立つという朝の間に食膳をはこびながら、彼女は両手を畳についてうやうやしく言った。つまりこの人は声帯がきれいであり、こういう恭々しい礼儀の場所をつくるために、うまくからだつきまで出来上っていた。
「先年お約束いただきましたお色紙は、書いていただけましょうか、お色紙は用意してまいりましたが。」
「あ、あの時の方でしたね、お約束だから書きましょう。」
「ありがとうございます。」
お千代は次の間に用意して置いた硯と色紙を、食後に藤村の机のうえにならべた。藤村はこの板についた彼女の礼儀のほどを愛し、こんな田舎にこのように心得のある女を見ることが、今日立つという間際では、はなはだ典雅なものに思われた。
お千代は硯をまた畳のうえに下ろして、墨をすりはじめた。信州では藤村の短冊色紙は喜ばれ愛蔵されていたが、それを手にいれることも容易ではなかった。白皙聡明な威力を見せてきちんと坐っている藤村の前では、宿の者達も窮屈な思いがして近寄れなかった。お千代はそこを踏み込んで何かを書かせようとしている。普通の女中達のようにだんなさん、何か書いて下さい、記念に致しますからとせがんでも、藤村はお千代の場合のように簡単には、うんと言って諾いてはくれなかったであろう。