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わがあいするしじんのでんき

我が愛する詩人の伝記

室生 犀星

北原白秋「婦人公論 第四十三巻第一号」1958(昭和33)年1月号<br>高村光太郎「婦人公論 第四十三巻第二号」1958(昭和33)年2月号<br>萩原朔太郎「婦人公論 第四十三巻第三号」1958(昭和33)年3月号<br>釈迢空「婦人公論 第四十三巻第四号」1958(昭和33)年4月号<br>堀辰雄「婦人公論 第四十三巻第七号」1958(昭和33)年7月号<br>立原道造「婦人公論 第四十三巻第八号」1958(昭和33)年8月号<br>津村信夫「婦人公論 第四十三巻第九号」1958(昭和33)年9月号<br>山村暮鳥「婦人公論 第四十三巻第十一号」1958(昭和33)年10月号<br>百田宗治「婦人公論 第四十三巻第十二号」1958(昭和33)年11月号<br>千家元麿「婦人公論 第四十三巻第十三号」1958(昭和33)年12月号<br>島崎藤村「婦人公論 第四十三巻第六号」1958(昭和33)年6月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 116,728 字 · 231 页

青空文庫

文学者とか詩人とかいうものはあるだけの有名と名誉を掻っさらって、この世界でいつも最高の地位をその作品の名において、ふん掴まえるものだ、当人がいやだと言っても、いいものを書けば何時の間にかある地位までは上昇する、秀眉な作品がそうさせるのだ、地位とか有名がいやだったら書かないでいた方がいいだろう、私はつねにこんな意見を抱いていた。いまから二十年前『中央公論』が時の有為の詩人の作品をあつめるため、私に指名をもとめた時に先ず高村光太郎をすいせんした。しかし光太郎は『中央公論』のような大雑誌には詩は掲せたくないと言って断った。そして、かれは名もない同人雑誌から頼まれた詩はこくめいに書いて、同人費に該当する金を為替に組んで送りとどけていた。かれはそんな事に純潔を感じ喜びをおぼえ、さっぱりしたいい気分を感じていたのだ。かれが、水野葉舟の編集していた銀行か何かの宣伝雑誌に、葉舟と親友であるためによく詩を書いて発表していたのは、いささかトンチンカンなものであったが、かれは大雑誌を断ってもこの薄っぺらな雑誌に詩を書いて平然とし、かえってこれを徳としていたくらいである。