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わがあいするしじんのでんき

我が愛する詩人の伝記

室生 犀星

北原白秋「婦人公論 第四十三巻第一号」1958(昭和33)年1月号<br>高村光太郎「婦人公論 第四十三巻第二号」1958(昭和33)年2月号<br>萩原朔太郎「婦人公論 第四十三巻第三号」1958(昭和33)年3月号<br>釈迢空「婦人公論 第四十三巻第四号」1958(昭和33)年4月号<br>堀辰雄「婦人公論 第四十三巻第七号」1958(昭和33)年7月号<br>立原道造「婦人公論 第四十三巻第八号」1958(昭和33)年8月号<br>津村信夫「婦人公論 第四十三巻第九号」1958(昭和33)年9月号<br>山村暮鳥「婦人公論 第四十三巻第十一号」1958(昭和33)年10月号<br>百田宗治「婦人公論 第四十三巻第十二号」1958(昭和33)年11月号<br>千家元麿「婦人公論 第四十三巻第十三号」1958(昭和33)年12月号<br>島崎藤村「婦人公論 第四十三巻第六号」1958(昭和33)年6月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 116,728 字 · 231 页

青空文庫

釈迢空の詩は巧みなことばに溢れていて、古いことばをつかっても、にわかに冴えて生きて来る術を知っていた。危ない古語のつかい方が危なさをうまく融和させ、かえって鮮かさを加えた。文学博士折口信夫の学問にあるあふれるばかりの古語比喩は、二十歳の青年詩人がもつ若い眼で、選ばれうたわれ、臆することのない大胆さで馳駆されていた。学問というものをこんな詩の形のうえに引き出して、特異の世界をつくり上げた人はまれであった。文学博士ともいわれる人物が私の詩の朗読放送を一々電話で出版書店に知らせたことにも、子供らしい清い勇み方があった。それだから、迢空は詩を書くたびに幼ない詩人のあえぎを捉えることが出来たのである。

私は釈迢空に会うと、すぐ額にある黒ずんで紫がかった痣(あざ)を、まず何よりも先に眼にいれた。痣はあざだった。どこまでも痣にかわりがなく、おしゃれの迢空が顔を剃るたびに悲観し、これをいかにして抹殺すべきかに心をつかっていたことだろうと、よそ事ならずに私はそう思った。若い時分の友人らはこの痣をインキと呼んでからかったが、迢空はそのため「靄遠溪」という号をもちいて、他人のからかいを封じているふうもあった。