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おうぎの

扇野

山本 周五郎

「面白倶楽部」大日本雄辯會講談社、1954(昭和29)年5月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 33,727 字 · 67 页

青空文庫

五

「つうちゃんていうのか」

栄三郎はなお扇子をみつめながら、低い声で独り言を云った。

「危ないどころじゃあない、危ないどころか、これは大した拾い物になるかもしれないぞ」

五

彼はよく眠ったとみえて、呼び起こされるまでおつるの来たのも知らなかった。

「お寝坊ね」とおつるは恥ずかしそうに頬笑みかけた、「もう四半刻もまえからこうしているのよ」

うちとけた、少しも隔てのない口ぶりであった。まるでながいあいだいっしょに暮して来たもののような、温かく情のこもった調子であった。

「ちっとも知らなかった」と栄三郎は手を伸ばした、「よく来てくれたね」

おつるはその手を取って、自分の膝の上へ置き、握り緊めたりいとしげに撫でたりした。おつるの皮膚の薄い手指は柔らかく、しっとりと汗ばんで、冷たかった。

「今日は頼みたいことがあるんだ」栄三郎は起き直って云った、「どこか人のあまり来ない、草原のような処があったら、いっしょに伴れていってもらいたいんだがね」

「草原のような処、――山でもいいんですか」

「野原のような感じのする処なら山でもいい、そして静かならね」

「樋の山のうしろならいいかもしれないわね」