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おうぎの

扇野

山本 周五郎

「面白倶楽部」大日本雄辯會講談社、1954(昭和29)年5月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 33,727 字 · 67 页

青空文庫

十

そして、描きかけた下絵をやめ、紙をあらためて本描きにとりかかった。――おつるは世話をする者があり、子供までいるうえに、石川孝之介とはなんの関係もないらしい。とすれば、問題は仕事の上の勝負ということになる。相手がどんな絵師かわからないけれども、土佐派というのが事実なら無縁ではない。師の横井宗渓は狩野派から出て大和絵の筆法をとりいれた、栄三郎は宗渓よりもさらに大和絵の風がつよいので、土佐派との競作ならやり甲斐があると思った。

――おつるのためにも、やってみせるぞ。

栄三郎はそう肚をきめた。いきごんだ気持ではなく、しっかり肚がきまったという感じであった。

十

「よかったわ、いよいよ始まるのね」

本描きにかかると知って、(その支度の出来たのを見て)おけいが顔をかがやかせながら云った。

「あのなにか足りないっていうところも、くふうがおつきになったんですのね」

「ああ」と彼はきげんよく頷いた、「どうやらうまくいきそうだよ」

「それなら申上げてしまいますわ」おけいは賢しげな眼で、しかしちょっと恥ずかしそうに栄三郎を見た、「いつか石川さんが、画竜点睛というようなことを云っていましたでしょ、あれはね、本当はおけいが教えてあげたことなんですの」