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おうぎの
扇野
山本 周五郎
「面白倶楽部」大日本雄辯會講談社、1954(昭和29)年5月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 33,727 字 · 67 页
十二
おつるのことは初めおけいのほうから云いだした。
――新水へいっておつるという人を呼んでごらんなさい。
彼は新水へはいかなかったが、偶然にもおつると逢い、その夜からお互いに離れがたいあいだがらとなった。まだ、深い契りこそ交わさないけれども、どんな契りよりも深く二人の心はむすびついている。おつるとの仲がそんなふうでなければ、栄三郎は初めからおけいに彼女と逢ったことを話したであろう。しかし彼はひと言も話さなかったし、話さないことをいくらかうしろめたくさえ思っていた。それで、その夜、羽折を持って来られたときには、いよいよなにか云われるかと思ったのであった。
十二
秋の波音を聞いた日から、五日ばかり経った或る風の吹く日の午後、栄三郎はおつるに誘われて、また樋の山へ登った。
それはおつるの望みであった。栄三郎は昼の時間が惜しかった、絵はもう完成に近く、あの(落ちている)扇子に着彩すればいいところまでいっていた。けれどもおつるは「どうしても明日いっしょに登りたい」とせがんだ。なにかわけがあるのかと訊くと、「久しぶりに我儘が云ってみたいのだ」という。彼は苦笑しながら承知したのであった。