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しんしょたいこうき
新書太閤記
吉川 英治
11 第十一分冊
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 186,659 字 · 372 页
しかし、かれはこの名だたる名誉の敵の首を、掻き切ろうともしなかった。
びくびく動いている敵を見下ろしながら、慶次郎は、槍を肩に立てて、鎧の草ズリの下から向穿きの前を解き、悠々と、小便をし始めた。
尿のさきは、鯰之助の顔や肩に飛沫をちらした。あわれ、敵は、わずかに身うごきしたのみである。
「わあーッ。ざま、見さらせ」
慶次郎は、槍をかついで、駈け出した。見ると、もうそこには、敵もいないが、味方もいない。
搦め手の城門が、ぽかんと、口をあいている。
末森城の内部の者は、利家以下が救援に近づいたと知り、満城、よろこびの声をあわせて、城外へ、打って出ていたものとみえる。
そして、この方面の包囲を蹴ちらし、利家を迎え入れて、今や、十死一生のうちに、われ生きたり――と手を握りあう人々のうれし涙に、そこの孤城は、かえって一瞬、ひそまり返っているふうだった。
こういう時、人間の感情は、泣いていいのか、踊っていいのか、わからなくなる。
城主の奥村助右衛門は、利家を迎えて、黙然――ただ黙然とそのまえにぬかずいた。
「助右。いま着いたぞ」
利家はこういって通ったが、助右衛門は、ことばもなく、ただその姿を拝むように、かれに従いて、本丸へ行った。