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しんしょたいこうき

新書太閤記

吉川 英治

11 第十一分冊

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 186,659 字 · 372 页

青空文庫

この間、かれの馬蹄のめぐり歩いた地は、摂、河、泉、和の四州にわたっている。

信長公ノ御時ニサヘ、従ハザル諸所ヲ、カク僅カバカリノ間ニ、根来寺、雑賀、熊野山中、高野領ニマデ亘リテ、悉ク打チナビケ給フ、果断、決断ノ程、ヨク勘弁シテ見ルベシ。又アンヤ。関役所、停止ノ事。末代。旅人ノ賜モノ也。

甫庵太閤記の筆者小瀬甫庵は、あらゆる辞で、かれの紀州平定の迅速と、その時機を得たことと、処置の見事さを、激賞している。

――おそらくは、秀吉自身も、

「まず、やった」

と、みずからいささか慰めて、くつろぐ気持もあったであろう。

大坂への帰途、紀州の和歌浦に遊び、そこで即興的に詠じた――

いにしへの人も眺めの和歌の浦

ひろふ貝こそあらまほしけれ

などという歌を、母堂や寧子などに示して、旅物語りの興ともしたであろう。

ただここで、彼にとり、大坂帰城も、何となく、心につかえていることが一つあった。

それは、かれにとって、忘れ難い大先輩でもあり、恩人でもあり、また蔭の協力者でもあった丹羽五郎左衛門長秀が死んだという報らせをうけたことである。

越前からの使いの口上によると、長秀の健康は、もう昨年あたりから、以前のようではなかったという。