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しんしょたいこうき

新書太閤記

吉川 英治

11 第十一分冊

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 186,659 字 · 372 页

青空文庫

おもしろい人情である。一個の生活自立さえ持たない身なのに、過去の古着にひとしい空位空名を持って、あわれなる今は昔の虚栄心の名残を満たしているのである。

だが、その義昭にも負けない愚を、秀吉もやはり持っていたのだ。いや、人間共通の愚といってもよいかも知れぬ。特に、衣冠、官階の尊貴が、絶対に、人心のうえに大きな作用をもつその当時にあっては、秀吉なども、ただ自己の凡情を満足させるだけでなく、天下収攬の具として、ひとつの必要事にはちがいない。

「ははは。だめか」

義昭の返辞をきいて、秀吉は笑った。その小心な面子を保つために、義昭が払った痩せ我慢が何と高価についたことかと思って、おかしくなった。

しかし彼は、義昭のその拒絶を、むしろ愛すべき小心者とあわれみ、この後とも、毛利家が隠居料を与えておく分には、まず大した禍いの火ダネにもなる気遣いはないと安心した。

「いちど、菊亭どのに、御意中を、さりげなくお話しになってみてはどうでしょう」

たれか、秀吉に、こう智恵づけた者がある。秀吉の左右に人間は多い。遺憾ながら、何者がそんな智恵をさずけたのかは明らかでない。とにかく、相当な賢者がいて、両者の会合を劃策したことは確かである。