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しんしょたいこうき

新書太閤記

吉川 英治

11 第十一分冊

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 186,659 字 · 372 页

青空文庫

噂は、もっぱらだったが、まだ、表面化するまでにはなっていない。

当時、滝川一益は、いつのまにか、伊勢の神戸城へ入っていた。

去年、失脚の後、かれは越前大野郡に蟄居していたが、先ごろの秀吉対信雄家康――の紛争が険悪となった頃、秀吉は、それに使いをやって、

(ここで一働きしては如何)

と、不遇な心境へ水を向けて引き出し、策をさずけて、伊勢方面へ、隠密に、別行動をとらしておいたものなのである。

不遇なものほど、不遇に伏すまいとする運命への、片意地がつよいものらしい。

一益は、先年の逆運を、

(ここで、ひとつ)

と、挽回にあせった。

折もよし、信雄の重臣で、蟹江の城主だった佐久間甚九郎は、信雄の命で、萱生の築塁に出張し、留守には、前田与十郎種利が、わずか三百人ぐらいな部下をもっているにすぎない。

(どうだ、寝返って、羽柴筑前どのに、加担しないか。衆目の見るところ、十指のたとえ。秀吉公の将来と、信雄卿の将来とでは、比較にならぬ。いまが、考えどきだぞよ)

一益は、従兄の与十郎種利へあてて、こう密書をかいた。また、どんな重賞でも、自分が仲へはいって、保証すると、約した。