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しんしょたいこうき
新書太閤記
吉川 英治
11 第十一分冊
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 186,659 字 · 372 页
「おかしいじゃないか」
伝右衛門は、首をひねって云った。――二の丸から見ても、本丸の無数な狭間に、一点のあかりも洩れていないのが、さっきから、不審に思われていたのである。
「冬の木枯しは、三河名物だ。風のひどいのは、こよいだけではない。今夜にかぎって、灯をともすなとは、どういう仔細か」
「てまえどもには、分りません」
「御城代は」
「きのうから、お風邪気だそうで、引き籠っておられるとか、伺いましたが」
「ふウむ。……では、今し方、隠し門の裏坂を降りて行った大勢の者は、どなたの組の者が出たのか」
「存じません。べつに、てまえどもには、何もお沙汰はありませんから」
伝右衛門はいよいよ怪しんだ。――というのは、日頃からかれの胸には、城代の石川伯耆守数正にたいして、一つの同情と、また或る疑惑とが、同棲していた。
で、もしや? ……という危惧がすぐ胸をついたのである。かれは本丸へ通って、数正に直属している物頭の工藤三五郎に会って、
「数正どのにお会いしたいが」
と、云ってみた。
「お風邪気で――」
と、三五郎はすぐ断った。
「きょうも終日、お引き籠りで、人を通すなと、かたく仰せられて、臥せっておられますので」