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しんしょたいこうき

新書太閤記

吉川 英治

11 第十一分冊

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 186,659 字 · 372 页

青空文庫

さらに感情の波長をひろげて、周囲を同調させ、世間大衆とも、共に歓び、共に悲しみ、共に暮して行こうとする――。

家康は、そうでない。彼も、衆臣と衆民を擁しているが、家康はつねに孤独であった。かれは生れながらにして、そういう質に出来ていた。独り苦しみに耐え、独り百年の計を按じ、独り痛心し、また独りひそかに楽しむところを持っていた。――ために、彼の、無表情に見える感情は、いつの場合も、皮膚の下にだけあった。だが、無表情とは、無感情のことではない。

むしろ、表に出さないそれは、秀吉などよりも、複雑で、多感であったといえるだろう。ただ、彼は、自己の感情の整理に、驚くべき綿密さをもっていた。これがすまないうちは、めったに、感情から行動へと、移行しないのが彼の常であった。

で、こんどの突発事件の初めにも、

(数正の、出奔!)

と、寝耳に水の急報をうけた刹那には、さすがの彼も、内心、ぎくとして、肝臓からにじみ出る不快な苦汁に、内臓の諸機能も揉めるような動悸をきざみ、一瞬、それが実にいやな顔いろになって、彼の面を通りすぎた。

けれど、唇からもれたのは、

(そうか。……)