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しんしょたいこうき
新書太閤記
吉川 英治
10 第十分冊
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 176,911 字 · 353 页
「安土のお城でも、鉄砲の音は、つねに聞いておりましたから」
と、あたりまえに答えた。
「そうか、では……」
と、秀吉は眼で、近う――と彼女を膝近くへ招いて、一つの任務をさずけた。
「そもじならでは難しい使いがある。これから行ってくれぬか」
「お使いなら、いと、おやすいことです」
「いや、たやすくない使者だ。なぜならば、ゆく先は、敵国の領地――岡崎への間道にあたる徳川方の森川権右衛門の城まで行って、この墨付を、届けてもらいたいのじゃ」
秀吉は、そのわけを、云いふくめた。
大留城の森川権右衛門には、すでに池田勝入が手をまわして、岡崎の間道を通るときは、寝返って、味方につく密約ができている。
しかし、成功のあかつきに、賞として、五万石を与えるという条件は、まだ、勝入の口約だけで、秀吉の墨付は行っていない。――それを、秀吉は、ふと気がかりしたのであった。
「参りましょう」
かの女は、秀吉のことばの下に、はっきり答えた。――それには、かえって、秀吉のほうが、
「行けるか」
と、二度まで、念を押したほどである。於通は、微笑のもとに、
「はい。今からでも」
と決意を眉に示し、はや、身支度のことやら、途々の敵状などを、さすがに女らしい細心さで、訊ねたりした。