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しんしょたいこうき

新書太閤記

吉川 英治

10 第十分冊

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 176,911 字 · 353 页

青空文庫

いつか京都の町中だった。数正が別れを告げようとすると、秀吉はまた留めて、

「この暑さに、陸路を廻るは、賢明でない。大津より湖上斜めに、舟便とされるがよい。舟用意のできる間、玄以の家で、弁当なとつかおう。まあ、来い、来い」

玄以とは、先頃京都所司代の任についた半夢斎前田玄以のことだろう。否やなく、秀吉は数正を拉して、その玄以の役邸へ伴ってしまった。

門は清掃されていた。あらかじめ予報されていたものとみえ、玄以の数正を迎えることは、鄭重を極めた。秀吉は、却って、

「そう、堅うするな、堅うするな」

と、飽くまで寛いでみせ、茶亭で午の饗宴がすむと、いやその食事や喫茶の間も、大坂経営のはなしの続きをやめなかった。

「玄以、絵図を持て、絵図を」

「御普請の図面で」

「そうじゃ。ここにも、写しが一図あった筈」

「ござりまする」

やがて、玄以がそこへ、取り寄せて来た大図面を拡げた。他国の外臣にたいして、平然とこういうものを示す秀吉の意中を、見せる者も、見せられる者も、ひとしく惧れるような顔つきである。

秀吉は開放主義である。この胸襟をひらいて語る前には、数正が、徳川家の臣であるとか、その徳川家が、自己に取っての何者であるかなども、ほとんど、忘れ去っているかのようにしか思われない。