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めいじげきだん ランプのもとにて
明治劇談 ランプの下にて
岡本 綺堂
岡本綺堂『明治劇談 ランプの下にて』。同一底本的分册已合并为一书。收入:明治劇談 ランプの下にて、明治演劇年表。
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 167,283 字 · 329 页
実際、それは初代左団次が最も膏の乗っている当時であるから、舞台が踏み抜けるほどの目ざましい大活動を演じたに相違ない。その証拠には、子供のわたしばかりでなく、満場の観客もみな息をのんで舞台を見詰めているらしかった。俳優の名を呼ぶ声も頻りにきこえた。しかし手をたたく者は一人もなかった。その頃には、劇場で拍手の習慣はなかったのである。
幕間に、わたしは父に連れられて劇場の外へ出た。今日の劇場の草履の鼻緒は大抵青いようであるが、その頃の草履の鼻緒は白と紅との太い撚り緒にしてあったように記憶している。いわゆる“福草履”なるもので、鼻緒は藁を心にして、厚い紙で巻いたのであるから、ごつごつして頗る穿きにくいものであった。小屋の表には座主や俳優へ寄贈の幟が沢山に立てられて、築地の川風に吹かれている。座の両側にも芝居茶屋が軒をならべて、築地橋から座の前を通りぬけた四つ角まで殆んどみな芝居茶屋であった。その花暖簾や軒提灯の華やかな光景はもう見られない。
ここで少しく註を入れて置きたいのは、この劇場の呼び名である。勿論、新富座というに相違なく、わたしも現に新富座と書いているが、その当時の人はそれを“島原の芝居”とか、または単に“島原”とか呼び慣わしていて、正直に新富座という人は少なかったようである。