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めいじげきだん ランプのもとにて

明治劇談 ランプの下にて

岡本 綺堂

岡本綺堂『明治劇談 ランプの下にて』。同一底本的分册已合并为一书。收入:明治劇談 ランプの下にて、明治演劇年表。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 167,283 字 · 329 页

青空文庫

さすがにむきになって怒るほどの者もなかったが、我々のあいだには「去年にも懲りないで……。」と苦々しそうに呟く声がきこえた。かれに悪意のないことは判っているが、去年の小猿七之助といい、今度の天竺徳兵衛といい、舞台の上でこういう脱線をしばしばくり返して怪しまない彼の態度に対して、何分にも敬意を払うわけには行かなかった。しかし彼の徳兵衛は実に巧いものであった。例の座頭の木琴のくだりで“かねて手管とわしゃ知りながら”の粋な錆び声は、この人でなければ聞かれまいと思われた。

ここで腰元をつとめていた坂東あやめの琴も鮮かなものであった。このあやめという人は、背も高く、柄も大きく、女形に不向きでありながら、その音声といい、身のこなしといい、不思議に女らしい俳優であった。明治以後その消息を聞かないので、どうしたかと思っていると、大正十二年の六月、帝国劇場でわたしの「両国の秋」を上演したときに、久しぶりでかれの舞台姿をみた。天竺徳兵衛の当時からはすでに二十五、六年も経過しているのであるが、かれは依然として女らしい声と姿とを失わなかった。眼を瞑じて聴いていると、かれの笑い声などはどうしてもほんとうの女であった。