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しゅんせつのでわじのみっか

春雪の出羽路の三日

喜田 貞吉

「社会史研究 第九巻第六号」1923(大正12)年6月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 16,521 字 · 33 页

青空文庫

昨夜拝見した江畑氏蔵品の中にも、それが塊をなして厨川に流れていたのがあって、珍しく思ったことであった。なんでも多量の兵糧がそのまま炭化して埋まっているものらしい。後三年の役に清原武衡、家衡らがこの柵に籠城して、頑強にそれを拠守したのには、さすがの八幡太郎も閉口して手のつけようがなかったのであった。かくてついに兵糧攻めの持久の策に出でたのは、もちろん武衡らの強勇によったとはいえ、実にこの柵の要害堅固のためであった。これにはさすがの武衡らも閉口して、城中食尽きついに陥落するに至ったとあるが、しかも今に至ってなおいわゆる焼米のかく少からず出るのは不審である。あるいはこの城が後に再び他の豪族の拠守するところとなっていたためかも知れぬ。金沢氏拠守のことはその伝えがあるが、その他にもなかったとは保し難い。したがって今の柵址は後三年の役当時のままではなくて、後に手の加えられたところが少くないのかも知れぬ。

加藤君一々近傍の形勢を指示して、説明してくださる。南に碧水を湛えたのが蛭藻沼で、武衡が藻を頭から被って隠れていた所、その附近の丘が陣ガ岡とて義家陣営の址、西に見える低い丘が陣館の丘で、本城出城のあった所、ここにある深い堀が、当時の塹濠の址だなどと、一々掌を指すがごときものだ。