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しゅんせつのでわじのみっか

春雪の出羽路の三日

喜田 貞吉

「社会史研究 第九巻第六号」1923(大正12)年6月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 16,521 字 · 33 页

青空文庫

山形泰安寺――秋元家の巾着寺

その夷人が奥羽両州に跋扈しては、いわゆる臥榻の傍に他人の鼾睡を容るるもので、義家たるものの忍ぶ能わざるところであったに相違ない。後三年の役直接の原因がなんであろうとも、その根本は華夷の衝突とうてい免れ難いところにあったのだ。しかもその義家も、自己の兵力のみをもってしてはとうてい清原氏に勝つことが出来なかった。彼は依然俘囚たる藤原清衡の援助を得て、ついによくこれを滅ぼしたのであったから、義家任満ちて都に帰った後においては、その功ついに清衡に帰して、清原氏に代って鎮守府将軍となり、清原氏についで奥羽二州に勢力を振うこととなったのである。後に文治五年の源頼朝の奥州征伐は、その名は藤原氏が弟義経を容隠したにあったとはいえ、その根本はやはり華夷の衝突免るべからざるものであったのだ。仙北俘囚の勢力の最後も、実にこの頼朝奥州征伐の時にあったといってよいのであろう。

山形泰安寺――秋元家の巾着寺

後三年駅午後五時の上り汽車に乗って、山形に着いたのが九時四十五分。あの広い二等車中には、二、三人の乗合しかない。よい気持に眠ってしまって駅に来たのも知らず、汽車は仕合せに山形止りであったので良かったものの、それでも危なく車庫内に運び込まれるところであった。