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げつめい

月明

豊島 与志雄

「新小説」1921(大正10)年11月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 16,772 字 · 34 页

青空文庫

少し気味悪くなってきたので、漁夫達は力のあらん限り漕ぎまくって、漸う岸まで戻ってきて、ほっと後ろを振り返ると、今まで同じ速さでついてきていたその船が、何処へ行ったか消え失せてしまってるんです。その時はほんとにぞーっとしたと云っていました。」

まあーと云ったように、姉は眼をきょとんとさし口を開いて、彼の顔を見守った。

「そんなこともありそうですわ。」と俊子は静かな声で云う、「海には一つの霊がないとしても、何かのいろんな霊が籠ってるに違いないわ。」

波の音がその声を、上からどーっと押っ被せてしまった。が、その波音の中にまた何か変な気配がした。上を仰いで見ると、一羽の黒い鳥が低く飛び過ぎた。

彼はぎょっとした。思わず俊子の方へ身を寄せると、俊子は眼と口元とで軽く微笑んでみせた。その顔が怪しく美しかった。彼は胸の中でぎくりとした。度を失ってまごついてると、俊子は瞬間に眼を外らして、腕につかまってきた姉の方へ云っていた。

「臆病な方ね。鳥じゃないの。」

「だって、私何かと思ったわ。生きたものならちっとも恐かないけれど、怪しい変なものは大嫌い。」

「私はまた、お化ならちっとも恐かないけれど、人間が一番恐いわ、何をされるか分らないから。